書を捨てよ町へ出よう
夜の新町通りで奇妙なものを見かけた。それは、昔懐かしい寺山修司の姿。
寺山修司が酒を飲み過ぎて身体を壊し、既に他界してから久しい。彼が存命の頃、「天井桟敷」での演劇や「書を捨てよ町へ出よう」のプロパガンダに影響された時代もあった。いまとなっては懐かしい青春時代のひとコマであるが、世の中に対峙する自身の美学にかなり大きな影響を受けたと思う。
寺山修司の出身が青森であること、そして同じ高校の先輩であることを知ったのは、彼が亡くなってからのことであるが、それらのことについては特に気に留める程のことでもなかった。しかし、今日、夜の新町通りでこの実物大の写真看板を見かけたとき、私と同じように寺山の影響を受けた人がいたのだなあと、思わず嬉しくなってしまった。
この実物大写真看板にある寺山修司劇場美術館とはどのようなものなのかは知る由もないが、きっと期待を裏切らない劇的空間となっているのであろう。
それにしても、背景のお店は一体何屋さんなのか? ガンダーラ風仏教とクレオパトラとの同居、それでいて、手前立て看板のメニューは喫茶店風、そして置き自転車、いかにも寺山修司らしい混沌の世界である。もしかして、これが劇場美術館?
寺山修司が酒を飲み過ぎて身体を壊し、既に他界してから久しい。彼が存命の頃、「天井桟敷」での演劇や「書を捨てよ町へ出よう」のプロパガンダに影響された時代もあった。いまとなっては懐かしい青春時代のひとコマであるが、世の中に対峙する自身の美学にかなり大きな影響を受けたと思う。
寺山修司の出身が青森であること、そして同じ高校の先輩であることを知ったのは、彼が亡くなってからのことであるが、それらのことについては特に気に留める程のことでもなかった。しかし、今日、夜の新町通りでこの実物大の写真看板を見かけたとき、私と同じように寺山の影響を受けた人がいたのだなあと、思わず嬉しくなってしまった。
この実物大写真看板にある寺山修司劇場美術館とはどのようなものなのかは知る由もないが、きっと期待を裏切らない劇的空間となっているのであろう。
それにしても、背景のお店は一体何屋さんなのか? ガンダーラ風仏教とクレオパトラとの同居、それでいて、手前立て看板のメニューは喫茶店風、そして置き自転車、いかにも寺山修司らしい混沌の世界である。もしかして、これが劇場美術館?

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